吉野
堀江オーナーは、カカオ豆の産地に2回行かれたという事ですが。

堀江氏
はい。1回目は10年前 銀座和光に勤めているときにベネズエラへ行きました。2回目は2008年にエクアドルの産地を訪問しました。

吉野
カカオ産地に行きたいと思われた動機は何だったんですか?

堀江氏
チョコレートが好きってこともあったんですが、若い頃に洋菓子店で仕事をしている時には、ブラックチョコレート、ミルクチョコレート、ホワイトチョコレートしか理解できなかったんです。
チョコレートには元がある。カカオの木があって花が咲いて実が成って、種を取り出して発酵させて・・・・という工程があるんですが、そういう実際のカカオを生産している農園を見たいと思ったんです。

吉野
カカオ豆の産地にはどういう方法で行かれたんですか?

堀江氏
中南米は政情が不安定ですし、治安があまり良くないんです。
ましてやジャングルを通ってカカオ豆の産地に行くとなると、思いつきで行けるような所ではありませんので、チョコレートのメーカーが企画する中でツアーを組んで行く事になります。
産地までの案内がないととても行けるところではありません。
10年前に行ったベネズエラの産地は危険な動物が生息しているジャングルですし、カカオ豆を盗んだり農場に出入りする関係者を襲う山賊も出ますから銃を持った護衛がついてないと安心できない所なんです。
2度目の2008年に行った時にはフランスのチョコレートメーカーのKAOKA社という会社が用意したツアーで行きました。
このメーカーは、オーガニックチョコレートの専門メーカーです。うちの店でもKAOKA社のチョコレートを使っているんで本当にオーガニックなのか、キチッとした商品管理がなされているのかを視察するという目的もありました。

吉野
カカオ豆をオーガニックで生産しているんですか?

堀江氏
KAOKA社は、1993年に設立されたECOCERT(国際有機認定機関)の認定や有機のJAS認定も受けているチョコレート会社です。
代表のアンドレ・ディベール氏は、世界的に有名なオーガニック農業のスペシャリストで、カカオの生産からクーベルチュールチョコレートの製造まで全てオーガニックの基準に基づいたプロセスで作られています。

 

この会社では、主にエクアドル、その他サオトメ、バヌアツなどにカカオの生産拠点を持ち、それぞれのカカオ豆の特徴を活かした最高品質のクーベルチュールの製造をしています。
またカカオ豆以外の原材料、砂糖、バニラなど、KAOKA社で使われている原材料はすべてオーガニックの基準を満たしています。
それとこのKAOKA社では「フェアトレード」というのを基本的な考え方でチョコレートを生産している会社なんです。

吉野
フェアトレードと言うのは何ですか?

堀江氏
現地の農家では、カカオ豆の生産だけでは生活が成り立たず、幼い頃から子供を働きに出す農家も少なくないんです。
子供たちの中には学校すら通えずに読み書きや計算もできないという現実があります。世界の児童労働者の人口は3億人とも4億人とも言われ、5歳から18歳までの子供たちが安い賃金で農業や漁業、場合によってはもっと劣悪な所で働かざるをえない状況です。
また家族を養うためにマリファナなどの栽培に手を染めている農家もあります。
子供たちが将来その国を動かしていくわけですから、こういう状況が続くという事は貧困のスパイラルから抜け出せないんです。
ですから産物を安心して継続的に生産するためには、生産者への社会的な援助、対等な生活レベルを保証する基準が無いと、維持できません。

吉野
生産者が安心して生産に従事できるような環境が必要ですね。

堀江氏
そうです。そこで生まれたのが「フェアトレード」の精神です。
カカオを相場よりも高い値で買い取る。その代償として、オーガニックの農法を使いクオリティの高いカカオを作ることが農民に要求されます。まさにこれが、「フェア」に「トレード」していくための条件です。
ただこれには、お互いの信頼関係がないと成立しません。
ですからKAOKA社では、現地の農園に管理組合を作り、カカオ豆の栽培から出荷まで厳密な管理をしています。
生産農家にはクオリティーの高いカカオ豆を生産するという労働の対価として通常の価格よりも割高に賃金を与えるというシステムが「フェアトレード」なんです。
ですから私もKAOKA社のチョコレートを使う事で少しでもお役に立てるんではないかということで使うようになりました。

吉野
エクアドルの視察にはいつからいつまで行かれたのですか?

堀江氏
2008年の9月13日から21日までです。
参加者は、KAOKA社の商品を扱っている日本の商社のサンエイト貿易の方や私と同じパティシエの方々とか総勢11名です。

吉野
どのようなルートで行かれたんですか?

堀江氏
成田から飛行機でアメリカのダラスまで行き、それからマイアミを経由してエクアドルのグアヤキルという都市までのルートです。

吉野
現地での案内はどなたが、されたのですか?

 
 
 

堀江氏
KAOKA社の社長であるアンドレ・ディベール氏が直々に案内してくれました。その他にも同社のジル氏と現地でカカオの品質管理をしているロサ氏、それとカカオ農園の組合代表のビクトルウーゴー氏です。

吉野
社長自らお出迎えですか?熱心な方ですね。

堀江氏
ディベール氏は、30年も前からカカオ豆の栽培に携わって世界のジャングルを実際に見て歩いている人です。KAOKA社を設立してカカオ豆の生産地で本格的に有機カカオ豆の栽培や品質改良の指導を初めています。特に、エクアドルではKAOKA基金を設立し、カカオ栽培者の生活水準の向上をはかりながら、高級なナショナル種の有機栽培に情熱を傾けている人です。

吉野
カカオ農園は遠いのですか?

堀江氏
最初に行ったのはエクアドルのBolivar県のAan Jose Del Tamboにある農園です。グアヤキルから車で2時間くらいでした。このカカオ農園の組合はKAOKA社に有機カカオをおさめ、品質管理をする組合ですからフェアトレードが成立しています。ニューヨークやロンドンの相場よりも高い値で買い取るという条件で生産管理をしています。

吉野
生産地ではどういう面を視察されたんですか?

 
 
 

堀江氏
カカオフレッシュを集め発酵させて、それを乾燥させて、異物除去をして出荷するという一連の流れを見てきました。想像以上に品質管理が行なわれているという印象を持ちました。

吉野
カカオ豆にも色んな種類があるんですね。

堀江氏
カカオ豆を栽培する農園によっても違ってくるとは思うのですが、KAOKA社の組合の農園では、ナショナル種のカカオ豆に力を注いでいます。その花の香りが特徴的だったのを覚えています。
カカオペーストをティスティングしたんですが、花の香り、フルーティーな香り、ナッティーな香り、土の香り、ドライフルーツの香り、木の皮の香りなどの表現の仕方があり、ワインのティスティングのようでした。この香りの差はカカオ豆の種類や発酵方法によっても違ってくるんです。

吉野
他の生産地には行かれたんですか?

堀江氏
次の日にEl Oro県のEl Progressoにある農園に行きました。ここへはグアヤキルから車で約3時間ほどかかります。ここはKAOKA社が初めて手がけた最も古い組合農園です。

吉野
現地の気候はどうでした?

堀江氏
思ったよりも暑くなかったんです。本来ならかなり暑くなっていなければならないということでしたが世界的な異常気象のせいでしょうか。そのせいか収穫が減っているそうです。

 
 

吉野
1本の木の生産量はどのくらいなんですか?

堀江氏
1本の木から年間20個のカボスができ、約1キロのチョコレートになるそうです。
キロ2,000円のチョコレートの3〜4%が農園の取り分となる計算です。
農家一世帯は約10ヘクタールで、1ヘクタール約500本植えています。
それで換算すると農家のカカオでの年収は30〜40万円程度です。
エクアドルでの生活費は1世帯あたり月に約6万円ですから、子供を学校に通わせるのが困難なんです。

吉野
エクアドルの平均年収の半分ですね。

堀江氏
そうです。
バナナなどの栽培などや出稼ぎなどで副収入を得ないと生活が厳しいんです。
ですからKAOKA社では生産性を上げるために指導しているんです。

吉野
指導と言いますと?

堀江氏
現在の生産量の2倍を目標に指導をしているんです。
生産に必要な技術指導や労働力の確保もフェアトレードの中で行なわれています。
具体的には苗木の生産や品種改良、加工の指導、機材など全て無償で提供し、それは品質の高いカカオを生産するための援助です。もちろん国を挙げて取り組みは進んでいます。
今回の視察でもエクアドルのINIAP(国立農場試験場)を訪問してカカオの品種に関するレクチャーを受けてきました。アクアドルにとってはカカオの輸出は外貨を獲得する大きな手段です。
ただ国家予算にも限りがありますからKAOKA社みたいな企業の力も必要になってきます。

KAOKA社には「カオカ基金」という、購入する消費者へフェアトレードの精神を伝えるべく設立した基金があります。
これは、購入した方が「自分たちが享受したものに対し、お返しをする」というフェアな考えのもと、現地の農民への技術指導や機材提供、カカオの苗木購入資金などに役立てるために設立された基金です。
基金に参加された方の名前を苗木に付けるのです。
これにより熱帯の生産農家の方々と消費者との絆ができるのです。
私もこの基金に参加して苗木を植樹してきました。3年目からは実をつけ収穫ができるそうですから、この木からショコラができるのを楽しみにしています。

吉野
なるほど。KAOKA社は、ただ単なる営利だけではなく生産農家の為のフェアトレードを成立させるために、消費者を巻き込んだ運動を展開しているのですね。

堀江氏
現在、カカオビーンズは、市場において投機の対象になっています。
KAOKA社では、それを避けるために、ビオエキタブル協会の基準に基づきカカオビーンズの最低買取価格を決めています。

 
 
 
 

吉野
ビオエキタブル協会というのはどういう組織なんですか?

堀江氏
有機農法を維持する活動にかかわるすべての人々に、その信頼関係を保証する団体です。
生産者はじめ2次加工業者、運送業者などは、CEE、JASなどに規定された国際的有機農法基準のうち、少なくともひとつをクリアしていなければなりません。
さらに加盟する企業は生産者への必要最低限の収入を確保する意味で、最低買い取り価格の提示が義務付けられています。
そしてこの協会が定めた規定に基づく有機農法、組織の運営などは、現地の文化、伝統を尊重したうえでなされています。
KAOKA社もこの協会に加盟しているんです。

 

吉野
KAOKA社の社長であるアンドレ・ディベール氏は本当にカカオ作りに情熱を持っているんですね。

堀江氏
オーガニックで生産したり、「フェアトレード」を実際に行ったりするのは、口で言うのは簡単ですが、実際に現地で組合を作ってコントロールしていくのは難しいのは事実です。チョコレートメーカーの支払いが仲買人によって搾取されてしまったらフェアトレードが機能しませんから末端まで全てコントロールしないといけない。それをアンドレ・ディベール氏が現実にしているんです。より良いカカオ豆を作りたいという情熱がないとできない事だと思います。

吉野
カカオ豆をより安く買い叩くという発想ではだめなんですね。

堀江氏
クオリティーの高いカカオ豆を生産することで、今までよりも多くの報酬を得る事ができるなら生産者のやる気も起きてきます。共存共栄の考え方です。それを一軒一軒生産農家を説得して組合を作る事ができたのは質の高いカカオから素晴らしいチョコレートを作りたいという熱意です。
そういう背景を知ることができて良かったと思っています。ですから改めて材料を大事にしなければならないと思いました。

吉野
KAOKA社の作るチョコレートの質はいかがでしょうか?

堀江氏
KAOKA社のチョコレートのクオリティーには優れたものがありますので満足しています。実際に食べた場合には、クリアな味は出ていると思います。ただ一般の方が食べてみて味や香り飛びぬけて素晴らしいという差は感じないかもしれません。でも、ほんのちょっとの差は感じられると思います。そのほんのちょっとの差は、チョコレートを熟知している人にとっては、容易ではないことだけは確かです。私の場合も、その「ほんのちょっとの差」でお菓子作りをしています。

吉野
やはりKOKA社の生産方法や質の高い商品作りのお話を聞くと、価格は高くなるのでしょうね。

堀江氏
そうですね。どうしても割高にはなります。
大手菓子メーカーも今までは質の高い材料でより良い商品を作る方針だったんですが、最近の不況の影響でデフレが加速し、その流れがストップしてしまいました。商品の価格競争のためにどうしても安い材料を使わざるをえない。大手の菓子メーカーの場合は、いかに安く原材料を仕入れて消費者に届けるかというのが大切な要素ですから、全ての原料を質の高いものにもできない事情があるんです。

吉野
堀江オーナーは、安易に質を落とせないんですね。

 
 

堀江氏
洋菓子には、適正価格があるんで全て質の高い素材だけを使っているというつもりはありません。
私の店では、オーガニックのチョコレート原料を使っていますが、そこから生クリームや砂糖などの材料を加えて加工しているので必ずしも全ての材料がオーガニックという訳でもありません。ですからオーガニックチョコレートという部分を前面に出すつもりはないんです。
ただ、自分が納得している材料を使って、お客様のご要望に応えられる範囲で努力していこうとは考えてはいます。
確かに今は厳しい時期ですけど、質を落としてまで安い材料を使おうとは思っていません。
厳しいからこそ素材にこだわってやる。嘘をつかないでやっていく時だと思っています。

吉野
質の高さというのはなかなか分かりづらい部分があると思うのですが・・・。

堀江氏
味や香りを比較すれば、その違いは分かるかもしれませんが、どちらが質が高いかという事になると分からない場合もあると思います。
ただ現在は10年前と比べてお客様の味を見分けるレベルが格段と上がっている気がします。
KAOKA社のチョコレートは本当に手間ひまかけていますから量産できない。
それに私たちがさらにまた手をかけて商品として完成させていく。気持の問題ですね。質の高い原料を使っているという気持が私のお菓子作りの原動力になっています。
ですから、クオリティーの高いチョコレートを使うことで私みたいな小さな洋菓子店が、勝負できているんだと思います。

吉野
アンドレ・ディベール氏のお話を聞く機会は、あったんですか?

堀江氏
一連の視察の最終日にムッシューディベール氏主催の夕食会がありました。
そこでディベール氏 ジル氏によってKAOKA社のオーガニックやフェアトレードのシステムの話があったんですが、とてもよく理解できました。
また両氏のショコラにかけた時間や情熱がすごいものであるとも感じましたし、質に対しての絶対的な自信を感じました。
ディベール氏は、カカオの産地の現実を長年見てきて、「これじゃあだめだ。もっとクオリティーの高いチョコレートを作るためにはフェアトレードが必要だ」と動いてきたんですが、生産農家にフェアトレードの組合を作るにも長い時間が必要ですし、リスクも負わないといけない。

 
 

これでは全てのチョコレートメーカーの足並みが揃わないだろうと考えて、結局、自分の会社でやろうと決めて頑張っているんです。
30年間世界のジャングルをめぐりカカオを見てきた眼は確かだという事と、その経験から生まれたKAOKA社のチョコレートに、重みを感じました。
この自信というのは彼らの人生から生み出されているんです。

吉野
感銘を受けられた旅でしたね。

堀江氏
カカオ(テオブロマ)は、「神様のたべもの」という意味で、メキシコ・アステカ族の神話に由来するんです。
昔は王様や貴族あるいはお金持ちだけの貴重な食べものでした。
昔は、貨幣として使われていました。そういう長い時間をかけた価値のあるものに私自身も携わっていますので、今まで知らなかった事を知れたということでは、凄く素晴らしい経験をしたと思っています。
今回の視察で、ショコラという食材により近づけたと思います。
地球の裏側で成長した実が、ヨーロッパに運ばれショコラになり、日本に運ばれて私たちが手にできる。このことをもっと身体で感じ気持を込めて扱わなければならないと思いましたね。

吉野
本日は、長い時間貴重なお話をありがとうございました。